日々徒然

創作家具 安藤和夫

ヴォーリズという建築家がいた。

「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ~恵みの居場所をつくる」
東京・汐留のパナソニック電工 汐留ミュージアムで開かれていました。
4月4日(土)~6月21日(日)
ヴォーリズ
 宣教師として来日したのち、建築家として活躍。
 滋賀県を中心に日本中で多数の洋館を設計した人だそうです!  僕はあまり知らなかったお名前なのですが、設計した建築の数々を見ると、見知った建築がたくさんありました。
 教会や学校などの公共建築もすばらしいのですが、なんといっても彼の真骨頂は、ミニマムな個人住居だと感じました。

 彼は「もっと小さな家を建てたらよい・・・」との思いから「九尺二間」という約10坪の家を建てます。
 図面や写真などで構成された展覧会だったのですが、会場内にはその実践例が原寸で再現され、自由にその“狭さ”を体感出来るようになっていました。

 彼の設計した個人住宅は、西洋建築の様式をふまえつつも、その作り出された空間は情緒に富み、静けさを宿したストイックな世界が不思議にここち良かったのでした。

 その後、彼は1923年に日本で「吾家の設計」と題する本を著し、その中でミニマムな文化生活のための20坪の住宅を2例紹介しています。
 宗教家のストイシズムとは一味違った感性による最小限の空間はまさしく「豊か」なのでした。

 又、予断ですが、この出版年にご注目を!
 この1923年と言えば、1925年に行なわれた「パリ万博」、別名「アールデコ万博」の二年前なのですね。
 世界は、日本の持つ豊かな文化、特に工芸などの技術力の高さ、表現の豊かさ、装飾性などに感動し、まさにジャポニズム旋風を巻き起こそうとしていた、その時、その現場である日本にいながら、ヴォーリズさんは装飾を排除したこの静かな空間を作り出していたとは?・・・ちょっと面白い!!
 その時にはどれほど評価されていたのでしょうか?今という時代でこそ“腑に落ちる”提案なのですが、はたして当時はどうだったのか?やはり変った外国人だったのでしょうか?

 「最小限の家」を模索している方にとって、このヴォーリズさんの実践は様々な示唆を与えてくれると思いました。
 
ヴォーリズ2
 彼は近江八幡を愛し、メンソレータムでお馴染みの近江兄弟社を立ち上げ、実業家としても活躍されたそうです。
 又、ウィキペディアによると、「太平洋戦争終戦直後、連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力。「天皇を守ったアメリカ人」とも称される。」・・・だそうです。
ヴォーリズミュージアム

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