日々徒然

創作家具 安藤和夫

青年は荒野を目指す!横浜港編・・・その3

再び自分史みたいなものの続きです!

 では、どんな仕事をしたのかというと!
 一番多かったのは「荷物を手で運ぶ!」ということですね(笑)。技術も経験も何もないのですから16歳の僕に出来るのは体を使うことだけです。

 フォークリフトもありましたが、種類分けしたり数をカウントするのはやはり人ですから、現場の末端では人手が必要なのです。

 木箱やダンボール箱に入っている荷物を運んでトラックに積んだり、倉庫内で移動したりしました。
 コレは単純な肉体労働なので、体はきついですが時間が来れば終わりますから、まあ楽な仕事でした。汚れる仕事やきつい仕事は日当も良いし、楽な仕事は安い!当たり前のことですが、仕事量も潤沢にあり、出稼ぎなどで都会に来ている労働者も若くてやる気のある人がたくさん居たあの頃は、シアワセな時代だったのかもしれません。

 その中で日当のやたら良い仕事がありました、冷凍倉庫です。
 主に水産加工品が多かったのですが、僕のよく行った○ろ○業には、マイナス30度とマイナス60度の倉庫がありました。

 冷凍倉庫内に入るのには何重もの部屋を通過して行きます。その都度温度が変わり、厚さが20~30センチもあるステンレスの扉がそれを隔てていました。
  
 氷点下の部屋に入った瞬間鼻毛が凍ります。今まで鼻毛の存在を知らずに過ごして来た事に驚きます。話をしたりして顔をゆがめた瞬間鼻毛が刺さるのです。
 吐く息が一瞬で凍り、水銀灯のような色の、多分特殊な照明器具の光を受けてダイアモンドダストのようにキラキラ光りました。綺麗でしたよ。

 仕事は10~20キログラムくらいの木箱やダンボール箱に入ったものを積み替えたり、移動したりです。中身は魚介類で、オヒョウ・イクラ・イカ・ホッケ・などがあったのを憶えています。

 聞いたことも無いような魚の名前が多かったので聞いたら加工品になるのだと教えてくれました。魚肉ソーセージが目に浮かびました。(が真相は知りません)

 なにしろ寒いところなので皆一生懸命体を動かします、この仕事はサボっている場合じゃない(笑)。動いてなけりゃ寒くて居られません。それでも限度があり、この仕事は二チームに分かれての30分交代でした。

 30分が経ち、冷え切った体で外に出ると建具で覆われた休憩室があり、そこでは夏でもストーブがガンガン焚かれていました。
 室内温度は40度以上。そこで30分体を温めます。そしてまた冷凍庫。温度差70~100度、それを8回繰り返して一日が終わります。

 休憩時間の会話は楽しいものでした。
 彼等の話題はもっぱら故郷のこと、こんな寒さはなんでもない!と、よく聞き取れない言葉で寒さ自慢をする北国の人が多かったですね。そこから自然と食い物の話になるのが常でした。みんな遠くから来た暖かい人たちばかりでした。
 寒い国ならではの冬の味覚があるようです、聞きながらまだ見ぬ北国に憧れがつのって行きました。(関東以北には行ったことのない僕は、その後この夢を実現します)

 体が温まってくると、さっきまで運んでいた木箱の周りに着いていた付着物?が解けてきて、えも言われぬ匂いが部屋に充満してゆきます。それはとても生臭いものでした。イクラの汁とかね。

 ストーブで弁当を温めたり、缶詰や干物を焼いて食う人もいて、この職場は楽しかったですね。

 沖中師という一日中重労働の仕事が多い中、この仕事は若い僕には比較的楽に思えました、最初の頃は。

 我々のように立ちんぼで補充要員として来る人足とは別に、この倉庫には常雇と言ってこの仕事の専従者が居ました。
 その中にはフィンランド製だという分厚いフェルトの長靴を履いているプロもいましたが、僕達は厚手の毛糸の靴下(登山用)がせいぜいでした。

 彼らはみなよく働きましたが、顔の表面に毛細血管が浮き出ていました。毎日やるのには過酷な労働なのでしょうね。

 その顔をみて、この仕事は長くやるもんじゃないな!と感じました。

コメント

アンドさんのこういう思い出は、お酒を飲みながら何度か
聞かせていただきましたが、ほんとにおもしろくて聞き飽きません。
またぜひ、「じか」でもお願いしますね。楽しみにしてます。
良いお年を!

冬桃さん、極私的思い出話にご感想恐れ入ります。

先日港の仕事をしている方にお会いする機会があり
僕の若い頃の横浜港での話をしました。

彼曰く、今やコンテナが当たり前の世界になり、
僕の話は、どこか外国の、それも大昔の事の様だと言われ
ました。

それではと記憶のかなたの事柄をつらつら思い出しておりま
したら、おりしも映画「中華学校の子どもたち」が上映され、
譚さんの思い出などが一気に蘇えり、懐かしんでおりましたら、
なんというタイミングか中国では民主化のための08憲章などが
出されたというニュースが流れ、僕の記憶の時代逆行モードに
拍車が掛かってしまったのでした。

そんなわけで、まとまりの付かない話ではありますが、断片的な
記憶を書き綴ってみようと思った次第です。

是非今度また「じか」にお会いしましょうね!
料理の美味しいバーが復活しておりますので、そこでも良いですね。
コーちゃんのお店も行きたいな~!

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