日々徒然

創作家具 安藤和夫

ベニヤ板の末路。

引き上げた古い家具をばらしていたら、材木がモロモロとはがれてしまいました。
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この材料を日本では「ベニヤ板」「プライウッド」とも言います。 木を削って薄い板(一ミリ前後)を作り、繊維方向を90度変えて、互い違いに接着剤で貼り付けた人工の板材です。

大変な技術と大量の原材料が必要な筈なのに、なぜか出来上がった製品が無垢板より安い!という素晴らしい夢の材料です!(嫌味かな?)

長所としては!
●無垢板(ソリッドウッド)は必ず反ったり幅が伸び縮したりという、俗に言う「木が狂った」という変化が、ベニヤ板では現れません。木の持つ力を相殺して貼り合わせるため、良質なベニヤ板は用途によっては素晴らしい性能を発揮します。
●原木が小径木(細い木)でも、加工し、組み合わせてしまえば大きな面積、大きな体積の材料を作ることが可能です。
●出来上がった製品それぞれの物性が揃っているため、ライン加工対応の工業化が可能。
●原材料が廉価なため(主に発展途上国からの輸入のため)出来上がった製品価格が安い、これが一番大きな特徴。

短所としては!
●使用可能期間が短い。という致命的な欠陥があります。
なぜなら?
見える表面だけ良質な木材を使い、内部は粗雑な材料を貼り合わせたりすることもある。
もう一点・・・貼り付けに使う接着剤の耐用年数イコール出来た製品(家具や住宅部材等)の寿命に直結するのです。ここが問題。
何しろ“貼り合わせた”だけなのですから。

では、何年くらい持つのか?
接着剤の寿命は様々です。値段も様々です、はっきりとコスパです。
最高度の品質を持った接着剤を使えば、かなりの長寿命が叶えられると思いますが、それだってあくまで机上の計算です。実験データは数十年しかありません。

ダイレクトに反映するのは「何年持たせるのか!」という命題。
つまり、そのベニヤを使って家具などを供給する側、企業側の理屈でその想定がなされます。

家具業界は内部的には「買い替え需要」を想定しています。一度納めた家具が永遠に長持ちしてしまったら業界としてマズイのです、嫌な習慣ですが“値頃”なのです。

ではその想定は何年か?・・・これには諸説ありますが、知人(ベニヤメーカー勤務)によると「ピンキリだが、ざっくり10年!」だろうとのことでした。

そして最大の問題と私が思うこと、それは、ベニヤ板を作るための原材料の仕入れを発展途上国から輸入しているという事。
途上国と先進国との経済格差により仕入れ値が安いのです。
つまり南北問題です。

遠い国の山奥から原木を伐採し、港まで搬出し、船に乗り、遠く日本まで運ばれた、その経費を乗せても国内の材木より安いって、どういうこと?と思ってしまいます。

もっと突っ込んで調べてみれば、原産国のその森は、その国においても格差社会の最底辺に位置する先住民と呼ばれる人たちの住処であることが多い。

その彼らの大切な大地が、近代資本の力によって不当にも買い占められ、皆伐されているのかもしれないのです。

私はそんな消費の流れに乗りたくないと思ったのです。それは熱帯雨林の保護活動を知ったからでした。

私の使う材木の量なんてしれています。ごまめの歯ぎしりにもならない量です。
でも、その流通の流れに乗ることで家具を作るのは嫌だと思った私は「輸入材は使わない」と宣言してしまったのです。ある雑誌の取材の時でした。
独立した頃ですから25~30年くらい前の話です。

それ以来、国内産材を使っての家具作りをずっと続けてきました。
材木を仕入れる値段は高いのですが、そのことを理解してくれるお客さんがいたからでした。

家具の注文をいただき、納めると言う経済行為と共に、ある種の共感がそこに生まれていました。ありがたいことでした。

今、家具というと「○トリで十分、イ○ヤで上等」と言われます。そんな時代になってしまいました。

私は家具に使う良質な材木を地産地消で仕入れ、自分で製材し、機械乾燥ではなく、手元で自然乾燥させています。
それは、防虫剤等の心配を極力避けるためでもあります。(輸入材はあらかじめ検疫のため防虫処理済です。通販家具、量産家具もまた同じです。)

組立に使う接着剤や塗料もホルマリンフリーは当然、自然由来の樹脂を使っています。環境基準に厳しいドイツ製が多いです。

木の家具を使うことに自然を感じていらっしゃる方に、あらかじめ薬漬けになった、見た目だけクリーンな、安全で虫も付かないものを提供するのって、嫌ですから。

私が家具の修行中に生まれた娘が重度のアレルギーだったことも、化学薬品未使用の方向性を決めた大きな要因でした。

そして金具に頼らず、木を組み合わせることで、耐久性のある質実剛健な家具を造っています。

それは、私たちの時代に生きるモノ造りとして、次の世代への贈りものであり責務であると思っています。

昔例え話でよく言っていた話しがあります。
「例えば数百年あと、猿の惑星のように私たちの時代が発掘されたとき、原発のゴミしかなかったとしたら寂しいですよね、でも、その時、きちんと心の届いた家具がひとつ残されていたら?『お~少しはまともな人も生きていたのかもしれない』と思ってくれるかもしれないですね!」
この寓意がまさか現実のものとなるとは!・・・ため息しか出ませんね。

だから私は無垢の板で家具を造ります。

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引き上げた家具をばらしていたらベニヤ板が私の手元でボロボロに分解してゆきました。木は別に腐っているわけではありませんでした。

それを見ながら「こんな時代になってしまった!」ということをここで記録しておきたいと思い、書き始めたら随分と長文になってしまいました。

ここまで読んでくださった方々に感謝申し上げます。

さて、仕事に戻りましょう!

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