相原海君は奥さんの佑子さんと共に、地元足柄平野で新規に養豚を始めた若者なのです。
受賞者名が個人になっていますが、この賞はもちろんお二人へのものです。
元はと言えばNPO「あしがら農の会」の創世記、海君は、永塚田んぼの中心人物として活躍していたのですが、都市型農業の循環の中での畜産、特に、養豚の重要性に目覚め、我々人間の隣人として豚を育てる事を模索し、実践した若き先駆者なのです。
当初、彼が中心となって運営していた永塚田んぼに誘われたのが、私の田んぼデビュー。
その後彼が養豚の勉強に行くと言うので、彼の肩の荷を変わりに背負ったのが、そもそも私が田んぼの中心になってしまった理由なのです。
「後のこと(田んぼ)は心配しないで勉強してこい!」と送り出したのでした。
まあ言ってみれば海君は僕の田んぼの恩人、?なのです。
後日、海君が養豚の研修から帰り、「報告があります!」と今の奥さんである佑子さんを連れてきてからもう何年になるのでしょうか?
あの時は驚きました!
養豚の報告かと思ったら恋愛?の報告でもあったのですから!
海君は、養豚の研修先である栃木の「ウインドファーム」で、やはり養豚を自らの人生のプライオリティーの最上位に置く女性で、大阪出身の佑子さんと運命的な出逢いをします。
この佑子さんがすばらしくキュートで、なお且つ、パワフルな女の子だったのです。
その後二人は結婚し、「養豚」に適した場所探しをするのですが、私達の仲間にとって彼等二人はとても重要な人でした。
彼等は近い将来、必ずや日本の農業を背負ってゆく人間になる!と思う友人は多かったのです。
我々は、なんとか彼らのフィールドを身近に置きたいと思い、足柄平野の中で養豚を実現できる場を探します。
しかし、これは大変困難なことでした。
農業でさえ後継者が居ないこの時代に、臭い、きたない、うるさい、と、ただでさえ嫌われ疎まれ阻害されている「養豚」をわざわざ始めようとする若者が居ること自体、理解を得ることが非常に難しいのでした。
私たち現代人は、肉食は止めないのに、賭殺の現場からは目を背けたいモノなのでしょうね。
でもそんな我々応援団の思いが通じたのか、終に南足柄市の郊外で養豚を始めることが出来たのです。
今では宅配の顧客に豚肉を提供するシステムをささやかながら実践できてきたところと言うところでしょうか。
まだまだ今でも、行政の許認可の問題、地域の隣人とのすりあわせ、などなど、問題は山積なのですが、今回この「キララ賞」に選ばれたと言うことは、実に彼らを励ます力になると思うのです。
無一物からはじめる若者に、我ら大人は何が出来るか?・・・そう思っている方が居たら、是非相原夫妻を見守ってください。
彼らを応援するって、いったい何が出来るのか?それは各自で考えてください。
宅配のお客さんになるのももちろんありがたい応援なんですが、彼らが成そうとしている夢を叶えるための環境作りに、是非たくさんの方々の応援と理解の輪が必要です。
まずは彼らという存在を知ってください、そして出会ってください。
彼らは未来の足柄にとって欠くべからざる人たちなのです。否、日本の将来にとって!と言い換えても良いと思っています。
応援よろしくお願いいたします。
〜〜以下ご参考〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「キララ賞」・・・選考基準によると、「平和・環境・福祉・文化・国際交流(分野は問いません)などの分野で、未来を切り開き、身近な地域を大切にし、新しい人のつながりをつくり出す活動をしている若者に焦点を当てて選考します。」だそうです。
対象は、個人または団体です。
1991年、第一回受賞者が友人の
十文字修さんでした。・・・彼はその後佐渡に移住しました。
1993年には「
木曜パトロール」
1997年には「
フリースペース・たまりば」・・・西野さんの実践はすごい!
2002年には
川崎富川高校生フォーラム・ハナ」
2006年には「
つむぎ農園・井上昌代」さん。・・・田んぼ仲間です。
などなど、私のたくさんの個人的な知人友人がこの賞をもらっているのです。
授賞式は12月5日(土)新横浜にあるスペースオルタです。
農場こぶた畑 チラシ
